長い冬の時代 8
当時は味つけ缶詰が主流でしたが、あえて洋風の油漬けに「シーチキン」の名称をつけ、多額の宣伝費を投入し、優秀な営業マンである副社長、常務らが、国内市場を駆けまわっていて・・・
稲葉食品が14年遅れて内販に乗り出したころには、すでにシーチキンの知名度は磐石で、つけ入る隙間が皆無にさえ思えました。
それに資金力も雲泥の差がありました。
72年度の稲葉食品の売上げは20億円、その内訳は輸出16.5億円、内販3・5億円でした。
当時のはごろもフーズの売上げは102億円。
そのうち95%が内販、内販の6割がマグロ油漬でした。
稲葉食品が内販転換作戦に踏み切ろうとしていたときには、先駆者、はごろもフーズはすでに防衛体制を固めていたのです。
この堅塁に迫るには、多額の出血をもってしても不可能に思えました。
・・・しかも先輩格の相手は何倍もの補給能力を持っていました。